中学生を教えていて、考えました。
I play the pianoは、the がつきます。
I play the guitar.
I play the violin.
I play succer は、the がつきません。
I play tennise.
I play basketball.
楽器のときは、the がつきますが、スポーツのときは the がつきません。
うーん、こんな説明で良いのか?
…………。
そのうち、もっとこんなのも出てきます。
I go to the library.
I go to the station.
I go to the hospital.
I go to the house.
それなのに
I go home.
I go to school.
I go to chruch.
………………….…………。
気がつきました。
楽器の演奏は、手で触れられる「物」があります。
スポーツには、ボールと決まったサイズのピッチと、ルールはありますが、
「サッカー」という手で触れるものがあるわけではありません。
「物」がないのです。
そこには約束ごとしかない。
概念と言ってもいいでしょう。
その下の例文も一緒です。
I go to the library.
I go to the station.
I go to the hospital.
I go to the house.
でも、
I go home.
houseは建物。
homeは、形のない「うち」と考えれば良いでしょうか。
home は、建物がなくて良いのです。
帰れる「うち」なら、入れ物はなくてもいい。
school も church も
今でこそ立派な建物のあるところがほとんどですが、
もともとは、
木陰でも広場でも、人がそこに居て、学ぶこと、祈ることができれば、
school や、churchになりえたのです。
だから、the がいらないのです。
概念、約束事しかないから。
schoolも自分が学んでいる学校ではなく、
子供が行っている学校にPTAなどでいく場合には、theがつきます。
あくまでも学ぶ場所であるときにtheが省略されるのです。
手でふれられない(tangibleでない)概念、約束事にはtheがつかない、という
一つのカテゴリは考えられそうです。
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