昔、ルドルフ・シュタイナーという哲学者がいました。1861年に生まれ、1925年没。今のクロアチア、旧オーストリアで生まれ、1919年にドイツのシュツットガルトで、ヴァルドルフ・アストリアという煙草会社の従業員の子のために小学校を開きました。これがシュタイナー学校の最初です。
この時、この学校の教師になる人たちのために2週間の講義を朝昼晩、シュタイナーが行いました。それが『一般人間学』他二冊の本になって残っています。
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さて、シュタイナー教育について、蕨の勉強会で2時間で語れ、と、言われて、「無茶振りキター!!」と思った私ですが、ここはなんとかせねばなりません。
シュタイナー教育をひとことで、と、言われたら「自由への教育」です。
では、「自由」とはなにか。
その人が、その人らしくあるように、自分の意志で、自分の考えたように人生の選択をしつつ生きていく、そのような人間になることを目指すのが、シュタイナー教育です。
わたしたちが、通常受けてきた教育、受けている教育というのは、枠があり、その中に人を当てはめていくことが多いのが悲しいかな、現状です。
1年生ならこの漢字は書けていなくては、でも、この漢字は習ってないから書いちゃだめ、という経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
こういう考え方はどうでしょう。
5は、何でできているかな?
ある子は、 5=1+1+1+1+1
別の子は、 5=4+1
また別の子は 5=2+3
また別の子は 5=6−1
すべて正解です。
足し算、引き算の概念を持っていなくても、おはじきで子どもに考えさせてみると、体験できるでしょう。
こうした環境で育つと、正解は一つではありません。
その人なりの正解がある、と、考えられたら、より自由ではないでしょうか。
シュタイナー教育では、成績はつけません。
その人なりの成長を教師が見守っていきます。
競争は、ありません。
わたしたちの多くは、偏差値で輪切りにされて生きてきました。
競争のない環境で教育を受けてこられた方が何人いらっしゃるでしょう。
競争がどれだけ人を傷つけるか、考えたことはありますか。
自分が一番下になったらどうでしょう。
人より上になることが、成果だと教わっていたら、つらくないですか。
つらくならないよう、自分より下の人を見つけようとしたりしませんか。
家族の中で一番下になっている人はだれでしょう。
その人を見下すことで、自分の尊厳を保ったりすることはないでしょうか。
続きます。
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