原書を一冊、読み切る威力 ―TOEIC攻略法―

この間も書きましたが、天狼院書店のライティングセミナーをとっています。
なかなか厳しくて、この文は、2回ボツになったのをさらに書き直したものです。書き直して良くなった気がするけど、もうさすがに出せないので、こちらに出します(笑)
お役立ち系のエンタメを目指して書いてみたので、良かったらどうぞ。


「2ヶ月で、ですか?」
「5月ゴールデンウィーク明けスタートで、TOEIC 500点代の生徒を8月に700点台にしてほしい、っていう要請なんです」

4年前。大学から、TOEIC対策講座の仕事が入った。わたしは派遣の教師。

TOEICは、英語の能力を測るテストの一つだ。満点は990点。TOEIC550点なら、海外旅行に行って、日常会話は、なんとか話せるかもしれないが、仕事をするのは難しい。700点でも外資系では働けないだろうが、日本の企業なら「英語ができる人」という風情には、なる。

とりあえず、担当教授と面接に行った。

「え、4年生なんですか?」

 就職活動中だよね……。なぜ今ごろTOEICなんだろう。3年の間か少なくとも4年の最初に点数が出てないと就職活動ができないのでは……。

「文科省のプログラムでねえ。もう予算が降りてまして。結果を出さないといけないのですよ。700点は難しいでしょう。650点でいいですから」

必殺仕事人じゃあるまいし。


しかも、大手の外資系の語学学校の先生にお金がかかるからだと? 私の授業料、これだけ? 何それ!

でも、仕事欲しいし……。大学で教えるって初めてだし、キャリア的にもプラスになるよね……。

自宅で英語の教室を始めて15年経っていた。
特に広告もせず、自分の子どもの友達の小学生から始めて、生徒の年齢が上がるのに合わせて教えていたら、生徒数がいつの間にか減っていた。
このままではいけない。
新しい仕事の仕方を模索して教師専門の派遣会社に登録してみたのだった。

「とりあえず、教科書として、これを揃えていただいていいでしょうか」

 『ホールズ』 Holes Loius Sachar  ジュブナイル小説 233ページ   
 『TOEIC公式問題集』 2冊

おおお、全部で8000円以上しますけどね。買ってくれるんですね。この授業受ける人たち、ラッキー。

夕方のクラスだった。生徒数8名。

「こんにちは。TOEICで700点以上を狙っていくコースです。全10回。2ヶ月ちょっとですね。まず、TOEICは、この公式問題集をしっかりやるのが大事です。もちろん攻略のコツも教えます。でも、これだけだと飽きちゃう。TOEICの勉強ってつまんないからさ。なので、この『ホールズ』を読んで、毎週、章ごとに英語で要約して、提出してください。とりあえず最初は25ページまで」

ザワザワ。キョロキョロ。

「英語で、ですか?」

「はい、そうです。英語です」

「えー」

「無理……」

「タイプしてきてください。添削して、次週に返します。最初はもちろんヘタでいいですよ。だんだん上手くなります」

「辞書は、みんな何を使ってるのかな」

ザワザワ。キョロキョロ。


「え? 一人も辞書持ってないの?」

「スマホあるんで……」
「スマホの検索では不十分なので、TOEIC700点とるなら、この辞書アプリを買ってください」
「電子辞書でもいいですか」

「もちろん」

「えー、電子辞書、重いよねー」

30年前、分厚い紙の辞書を一日中持ち歩き、左手がテニス肘になった私は、開いた口が塞がらなかった。


1週間たった。出された要約を見た。

ここ、国際○○学部だよね? この人たち、アメリカにも3ヶ月くらい留学に行ってきたんだよね? 文科省の予算でね?

ここは、大学か……? 一般動詞とbe動詞がわかってないのか……?

「来週、個別面談にします。待っている間は、公式問題集のリーディングパートをやってください」

一人ひとり、必要なことは違う。なので、もう一度中学校の文法をやり直さなくてはいけない生徒には、文法書の指示を出したり、ズルをして本の内容を何かで調べて、ずいぶん先の内容まで要約してきた生徒には、ちゃんと本を読んで、課題をやる指示を出したりした。


「ぼく、アメリカ人の彼女がいるんです」
「ほう」
「だから、どうしても英語ができるようになって、アメリカで就職したいんです」

すばらしい。こういう動機が一番強い。


彼は、がんばった。

他の生徒もがんばっていたが、やはり就職活動との両立は大変そうだった。

彼はそれでも、一度も休まずに授業に出てきて、帰りの電車の中までついてきた。

「この本を読み終わったら、次は何を読めばいいですか?」
もちろん別の本を紹介した。

「リスニング力を上げるにはどうしたらいいですか?」
「今読んでる『ホールズ』の音声を買って聞いて」

彼は、それもちゃんと聞いた。

それに、TOEICのリスニングは、設問をたくさん読まないといけない。リスニングパートにも読む力が必要なのだ。

「だから、本を読んで、読むスピードが上がると、自然とリスニングの点も上がるよ」

*****

家で、彼らの要約を読んで添削していると、あまりのひどさに、思わず叫んだ。
「あたしはイタコじゃねえ!もっと自分で考えて、わかるように書け!」


そして提出される要約の量は、だんだん減ってきた。脱落者が、ちらほら出てきたのである。

それでも彼は必ず、毎週、要約を出しつづけた。当たり前だが、彼の英文は、だんだんうまくなってきた。

7月の末、本の要約を1冊分、最後まで出しきったのは彼だけだった。


8月にTOEIC本番。結果発表のころ、私は仕事で地方にいた。

メールが入っていた。


******
山上先生

お元気ですか。
TOEICの結果は670点でした。以前のスコア555点から2ヶ月でこんなに上がって、本当に嬉しいです。

また、おかげさまで、株式会社〇○○の英語を使う部署に就職が決まりました。

これからも頑張って英語の勉強を続けます。

Yuji Sato 

******

思わずガッツポーズ。よし! やった! がんばったもんね。良かったね!

やっぱり多読は効くのだ。英語は、読まないと始まらない。たった1冊でもこの効果。

まずは「1冊、読み切る」ところから始めてみる。

そうすれば、きっと「英語ができる」と思える一歩を踏み出せる。

《終》

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